宇都宮で酔いどれよう

2021年某月某日、筆者は栃木県宇都宮市に初の本格的なバー巡りをしてきた。数年前にも一夜限りで宇都宮のバーを体験したことはあるが、時間などの制約からやや消化不良に終わってしまっていた。 今回は所用もあって一週間強に渡って栃木県に滞在することになったので、数年前のリベンジの如く合計3夜にわたり怒涛のバー巡りを敢行した。

バー巡りをしたことで多少なりとも宇都宮のバーについて情報を得られたので、ここに「【オシャレなカクテルとバーの聖地】栃木・宇都宮のバーの歴史・文化」と題して、各バーの紹介記事では書ききれない宇都宮バーの魅力を、宇都宮バーの象徴的存在「パイプのけむり」の歴史とともに書き綴ろうと思う。

 

 

宇都宮市の概要

宇都宮市は栃木県中部に位置し、政令指定都市ではないものの北関東を代表する都市圏となっている。JR宇都宮駅・東武宇都宮駅周辺は大きな商業地・繁華街が形成されている。

一方、駅からは少し離れるが日本国指定名勝に指定され、いくつもの映画・ドラマのロケ地としても使用されている大谷町の「大谷の奇岩群」といった観光名所が人気を博している。また、「餃子の街」としても全国的に知られ、市内には沢山の人気店が点在している。

東京などからのアクセスがよく、一都三県在住の人たちにとって手軽に小旅行気分を味わえる観光地として人気の高いエリアといえる。

地方都市としては他に類を見ない大規模バー街

そんな宇都宮では下の写真にあるように、東武宇都宮駅周辺を軸にバー街が形成されている。なかでも駅東口からアーケード街・オリオン通りとその路地裏には名実ともに一流のバーが乱立している。 巷で「宇都宮のバーは量・質ともに銀座に比肩するほど」と言われており、なかでも「カクテルの街」を標榜するほどカクテルの美味しさ・独自性には定評がある。

また、宇都宮の老舗バーや、有名バーが多く加盟している「宇都宮カクテル倶楽部」によるイベントや、各種メディア展開は非常に精力的で、街をあげて「カクテルの街」として県外にアピールされてきている。

(宇都宮は)あくまでもカクテルの街なので、意外と良いオーセンティックなバーは少ないんですよ」と、あるバーテンダーの方は謙遜なさっていたが・・・筆者からすれば東京都や大阪府、京都府、愛知県(名古屋市)といった大都市に引けを取らない程、バー街としても間違いなくトップレベルにあると思う。

※毎年発行されている「宇都宮カクテル倶楽部」のパンフレット。所属バーの概要やおススメカクテルが掲載されている。

さて、全国トップレベルのバー街としての宇都宮を語る上で、「パイプのけむり」というパブ・バーの存在とその歴史・文化は欠かせない。現在、宇都宮にはこの「パイプのけむり」を冠したバーがいくつもあるが、その実、各バーはのれん分けのかたちを取っており、独立したバー経営を行っているという。

巷では「宇都宮のバーは「パイプのけむり」から始まった」と語られ、ネットで「宇都宮 バー」のように検索すれば、まず間違いなく「パイプのけむり」関連のバーが引っかかってくる。 バービギナーや栃木県外の人たちには「そもそも「パイプのけむり」とはなんなのか?」、「それぞれどういうお店なのか?」といった疑問を持つ方もおられるかと思う。

「カクテルの街」と「パイプのけむり」

それでは、所謂「パイプのけむり」とはなんなのか・・・お店とバー街の歴史とともに「パイプのけむり」とは何なのか紐解いていく。

「パイプのけむり」の歴史は1974年(昭和49)にオオツカさんという方が、宇都宮の泉町にて「パイプのけむり(現・『夢酒OGAWA パイプのけむり』)」を創業したことから端を発する。オオツカさんは日本人として初めて、世界規模のカクテルコンペで賞を獲得した経歴をもち、現在はバーテンダー業の一線から退いているものの、後進の育成やバー街の発展を陰ながら支えている方である。

※宇都宮バーユーザーに親しまれている「パイプのけむり」の看板。

泉町の一号店「パイプのけむり」の創業からほどなくして、彼と「パイプのけむり」のもとには、続々と何人ものバーテンダー志望が集い、互いに切磋琢磨していく。彼らの中には後にオオツカさんから一号店「パイプのけむり(現在は『夢酒OGAWA パイプのけむり』に店名変更)」を任されるオガワさんや、人気バー『BAR 山野井』を営むヤマノイさん、今や銀座を代表するバーテンダーとなったホシさん、そして栃木県真岡市でお店を営むカタギリさんといった面々がいた。

何を隠そうこの4人、日本バーテンダー協会が毎年主催する「NBA全国バーテンダー技能競技大会」という大規模なカクテルコンペにて、代わるがわる4年連続優勝(優勝順はヤマノイさん→オガワさん→ホシさん→カタギリさん)するという偉業を成し遂げている方々なのである。 同門出身のバーテンダーによる四連覇という記録は、この令和になってもいまだに破られていない偉業。

ちなみにヤマノイさん優勝の1987年・第14回大会で、オガワさんが僅差で準優勝になっているが、その勝敗を分けた理由は「オガワさんが技能試験の際に時計しているという無作法をしてしまっていたから」という噂がまことしやかに語られているそうな・・・(笑)。

※見た目も味も華やかなヤマノイさんのオリジナルカクテル「ラブ・プロムナード」。ブランデーベースの飲みやすくしつこくない味わいで、女性にもおススメ出来るカクテルだ。

当時、東京のバーテンダー(特に銀座エリアのバーテンダー)が表立って活躍していたバー界にとって、彼らの活躍はまさに青天の霹靂、「パイプのけむり」と宇都宮という街の存在はバー界に一気に知れ渡ることになる

さて、この「パイプのけむり」勢の躍進の裏には、オオツカさんやオガワさん、ヤマノイさんらの「バーテンダー」の地位向上という信念があったという。宇都宮のバー文化形成に尽力した彼らが、「パイプのけむり」にてカクテルの腕を磨き上げていた頃、バーテンダーはよく蔑視の意味合いを含んで「バーテン」と呼ばれていた。

例えば、キャバレーなどの客引きが窃盗など何かしらの事件を起こすと、新聞などのメディアでは「○月○日、○○のバーテンが窃盗事件を起こし・・・」といったように表記されていたという。 つまり、「水商売の男性=バーテン」といったイメージ及び、「バーテンは誰でもなれる簡単な仕事で、犯罪も犯してしまうような下賤な職業」といった風潮がメディアなどを通して作られていたらしいのだ。

この風潮をなくし、バーテンダーに対してもっと良いイメージを抱いてもらおうとして、オオツカさんやオガワさんらはカクテルメイクの腕を磨き上げ、明るく気配りのできる紳士的な接客スタンスを身に付けていった。 こうした彼らの努力とアプローチは、当時のメディアにも取り上げられるなどして、バー界のみならず巷にも【宇都宮=優秀なバーテンダーがいる「カクテルの街」】という印象が徐々に浸透していき実を結ぶ。

これ以降、「パイプのけむり」出身者のみならず、様々な経験をもったバーテンダーやバー経営者が宇都宮で活躍し、「カクテルの街」・宇都宮はその勢いをより増していく。 その結果、宇都宮のバー・バーテンダーに対するイメージ改善、そして現在のような大規模バー街が形成されることとなった。 宇都宮が全国的に「カクテルの街」・「銀座に比肩するほどのバーの街」とまで評されることになったのは間違いなく、「パイプのけむり」とそれを運営してきたバーテンダーの方々の尽力によるところが大きい。

現在、泉町の「パイプのけむり」一号店は『夢酒OGAWA パイプのけむり』としてオガワさんがご子息と共に営まれている。また、二号店にあたる池上町の「パイプのけむり」では、師匠・オオツカさんから弟子・ホシさんへバトンが渡され『パイプのけむり 池上町本店』となり、宇都宮・銀座間でバーテンダーの人事的交流が盛んに行われている。

オオツカさんが一号店・二号店の直接的な経営から離れ、直営店がなくなった今も、2店のほかに『パイプのけむり AOKI』や『HARU パイプのけむり』といった「パイプのけむり」を冠するバーはいくつもある。それぞれ冠に偽りのないよう「カクテルの技を磨く」・「明るく紳士的な接客スタンス」という伝統を念頭に置きつつ、各オーナーがオリジナル性をもって営業している。

もちろん、「パイプのけむり」並の歴史を持つ老舗『ダイニングバー スカット』や、宇都宮最高齢バーテンダー・タナカさんの『カクテルバー タナカ』、宇都宮にフレアバーテンディングやミクソロジーといった新風を吹かせる『The FLAIR BAR』などなど、「パイプのけむり」に負けず劣らずの個性豊かなバーも宇都宮を盛り上げているのも忘れてはならないだろう。

※「パイプのけむり」がのれん分けされる前に作られていたマッチ箱。

  バー巡りをしているバーホッパーはもちろん、生粋のお酒好き、出張で宇都宮に来たサラリーマン、パートナーや友人らと旅行しにきた観光客・・・色々な人たちに是非とも宇都宮のバーとカクテルを堪能してみて欲しい。  

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